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【特別寄稿:一考・教養主義】


元財団法人国際ビジネスコミュニケーション協会副会長
阪田貞宜

さかた・さだよし 1919 年生まれ。1943年東北帝国大学卒業後、国立国会図書館、アジア経済研究所を経て、1986 年(財)国際ビジネスコミュニケーション協会の設立に参加。理事長、副会長として「TOEIC」の普及に携わり、2008 年退職。
主な著書に『英語初級者のための自学自習レッスン』ぎょうせい、2009 年など。今年10 月にはNPO「元気な120 才を創る会」が選ぶ2010 年「ヘルシーエイジングパーソン」に選ばれている。

第7題 自由――「個人の自由」と「集団の自治」

神の摂理からの離脱


 日本人は「自由とは何か」と問われても、「勝手気儘に振舞うこと」、さらに「何事も自分の責任において行うこと」くらいの答えしか出てこないのではないでしょうか。
 明治の先覚者である福沢諭吉著の『学問のすすめ』を一読しても、「平等」に重きを置いて「自由」についてはほとんど触れていません。
 「自由」は平等とともにヨーロッパの近代社会が獲得した基本的人権であり、日常生活に密着した国民の権利です。

 この「自由」を獲得するために、西欧社会では長い闘争の歴史があります。
 古代から中世にわたり千年以上に及ぶキリスト教世界では、神の設計図による摂理(Ratio)が理性的秩序を支配していました。
 これに対し、十四世紀には、古代ギリシャ、ローマ文化の復興を目指すルネッサンス(文芸復興)運動が起こり、さらに十七世紀には人間の理性(ratio)を目指す啓蒙運動が起こりました。

 「啓蒙」とは英語の"enlightenment"、独語の"Erleuchtung"(照らすこと)の訳で、神の摂理への盲信から目覚めて「理性に光りを当てる」の意です。
 カントの「純水理性批判」によって人間の理性の主体性が認められるようになったのは十八世紀のことであり、一七八九年には「自由・平等・博愛」を旗印としてフランス革命が起こりました。

 さらに十九世紀には、「自由」はヨーロッパの政治体制の一基盤として定着しました。
 このように、「自由」は神の手から人間を解放した思想であり、個人が自主的に生きることを意味するとともに、社会全体として厳守すべき行動原理を表しています。

心の自由と自立心


 人の理性(ratio)が神の摂理(Ratio)から解放されて、個人の自由は制度として広く認められました。
 ヘーゲルによれば人の心は「自由になりたい」という本性を持つとされます。
 人は自ら考えを表現し、自ら希求する行動をとるようになります。その際現れてくるのは個人自らの「心の自由」にまつわる障害です。

 人は心の中に、怒り、悲しみ、不満、疑念、邪心、罪悪感など様々な「わだかまり」を持ち、折につけ正常で平穏な心の動きを妨げます。
 仏教ではこの「わだかまり」を「煩悩」と言い、「煩悩」を捨てさることを「解脱」と言います。
 「解脱」を求めて修行すれば、やがて「悟り」の境地にいたります。「懺悔」「告白」など悔い改めて心の平常化を目指すのは、キリスト教の重要な儀礼です。

 他者からの援助、干渉、強制などに制約されず、心の「わだかまり」を捨てされれば、人は初めて「自立」することができます。
 「自立心」を持つことができれば、人は個性ある表現や行動をすることができるばかりか、新しい世界さえ生み出すことができます。
 「心の自由」と「自立心」とは密接に結合した表裏一体の関係にあります。

集団の自治


 ルネッサンスによって人権解放の志向が生まれ、人の理性(ratio)は次第に神の摂理(Ratio)から離脱するようになりました。
 人はそれぞれに「意思の自由」を持ち自立します。やがて社会生活においても「個人の自立」を生かして「集団の自治」が追求されます。

 「自治」を政治制度として理論付けたのは、十八世紀中盤にジャン・ジャック・ルソーの著した『社会契約論』です。
 旧来の政治制度は、権力を持った支配者が人民に服従隷属を強いる政体でした。
 これに対しルソーは、人民の「一般意思」に基づき、自由で平等な市民社会像を構想しました。

 このように成員が共有する「一般意志」に基づいて集団を構成し運営する制度は「直接民主主義」と言われ、自由、平等を旗印とするフランス革命に大きな影響を与えました。
 しかしその後の現実を見ると、人民の主権は何らかの制限を受け、現在では主に議会制民主主義や共産主義制が行われています。

 わが国では明治維新後に自由民権運動が盛んになりましたが、旧体制を残存する藩閥政府の下では成果が上がりませんでした。
 日本人にとって「個人の自立」「集団の自治」は。その社会的意義が十分理解されず、馴染み難い思想であったと思われます。

自由の功罪


 十八世紀後半になるとイギリスでは自由市場が整い、自由競争による企業活動が行われ、工場制生産も始まりました。産業革命時代の到来です。
 アダム・スミスは主著『国富論』において「自由放任主義(laissez-faire)を主張しました。
 企業活動に干渉せず、自由にすれば、神の「見えざる手(invisible hand)」によって好結果がもたらされるという「予定調和」説です。

 しかし、自由な企業活動の発展拡大は、集団やその成員の間に対立、葛藤を生み、時には社会秩序さえ乱すようになりました。「自由」は表現や行動を通じて、社会全体の進歩発展に資する要因ですが、同時に公共秩序へのマイナス要因とも受け取られました。このようにして、社会活動における「自由」の重要性は次第に薄れていきました。

十九世紀になってJ・S・ミルは『自由論(On Liberty)』を著わし、「自由」の社会的意義の再確認を説いてきました。
 たとえ少数意見であっても、表現されることによって争点が生まれ、論争を通じて社会全体の進歩発展に貢献するという考えです。

 「個人の自由」は「表現の自由」「意志の自由」「団結の自由」など広く一般に受け入れられていますが、一方「集団の自由」には功罪半ばする面があり、特に公共秩序とのバランスの重要性をわらわれは銘記する必要があります。

「自由」と「平等」との相克


 「自由」と「平等」とはヨーロッパの長い政治史のなかで培われてきた基礎的な社会思想です。ジャン・ジャック・ルソーの『社会契約論』でも成員がこの二つの権利を保有することを前提としています。しかし、現実の社会ではこの二つの思想は並存せずに対立します。「自由」があれば様々な意見が生じ、社会秩序は乱れがちになります。この動きを統制するためには「自由」を制約する動きが生じます。

 二十一世紀の現在でも資本主義と共産主義とは「自由」と「平等」をめぐる大きな政治的、経済的対立です。
 しかし、資本主義といえども、自由競争から生ずる不平等を是正する政策を取らざるをえず、また、共産主義といえども海外における経済活動に対しては、自由な政策を取らざるを得ません。

 近年においても米国はホッブスの『リバイアサン』を想起させる新保守主義(Neo-conservatism)の政策を取りましたし、最近でもリビアの「アラブの春」、関税撤廃を目指すTPP(環太平洋経済連携協定)など「自由」と「平等」との相克に基づく問題は絶えません。
 国際経済の底流にあるこの対立が将来解決されるのか、現代の知恵をもってしても不明です。

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